白雪姫
それはそれは美しい王女で、漆黒の髪、白雪の肌、薔薇の唇を持ち、彼女以上美しい者は世界中探してもいない程でした。
彼女の名はシュニー、白雪姫と名付けられました。
彼女は継母に虐待を受けていると城のみんなが言っていたけれど、それは違う。王妃は決して自分を見てくれない王の心を奪い続けるシュニーが憎いだけの、彼女の実母。
―――鏡よ鏡よ……
「私知っているわ。あの鏡は決して魔法の鏡なんかじゃないのよ」
―――鏡よ鏡…美しいのは……?
シュニーは中庭から母の部屋の窓を見つめた。
豪勢な造りの鏡の前で后は言葉をくり返し、そして高笑いをした。
「きっと聞こえるのよ。鏡の声が……私のプレゼントしたオウムの声が」
まるで僕に話しかけるように彼女は呟いた。
真紅の唇の両端を上げ、黒曜の瞳を細め母を見上げた。それは美しく醜い、天使の笑顔だった。
彼女は僕を知らない。僕は彼女が産まれた時から見続けてきただけだから。
ある日オウムが鳴かなくなった……。
―――鏡よ鏡よ……
いくら呼びかけても返答がない、彼女の欲しい言葉がない。
「今日は様子がおかしいわ…」
母の部屋を見上げ彼女は呟いた。そして、見た……
「それは王妃様です」
王妃は声の方を向いた。それは鏡ではなかった。
部屋の裏口から一人の男が現れた。それはつい先日、王妃が雇った従僕だった。男は甘い言葉で王妃を自分のものにした。そう、オウムを殺したのはあいつだった。
「お母様に新しいオウムが出来たわ。今度は彼が新しい魔法の鏡になるのね……」
彼女はおもしろそうに窓を見上げた。
男と、目があった。
美しい美しい白雪姫。僕は君を見ているよ。
いつもの中庭。いつもの観察所。いつもの見物。そして、王妃の口が動く。
―――鏡よ、鏡よ……
男が現れる。
―――鏡よ、鏡よ……
窓辺に沈む。
―――鏡よ、鏡よ……美しいのは?
「可哀想なお母様…、美しいのはこの私に決まっているのに」
悪魔が微笑む。
茂みに二人の影が揺れた。
一人はシュニー。もう一人は…
「あなたはお母様の愛人ではないの?」
あの日、窓越しに目の合った男が笑う。
「私がこの城の中で生きて行くには仕方の無いことなのです。しかし、あなたは美しいのです」
男は正直に偽りに囁いた。
彼女は薄く笑んだ。
「私はそんなに美しい?お母様以上に…?」
すでに彼女は男に肢体を開いていた。
僕は彼女が産まれてからずっと見てきたのだから知っている。彼女にとって男とは、美しさの象徴でしかないのだ。
こんな場面など両の手足を足しても足りはしないのだから……。
「あなた達何をしているの?!」
そこには鬼の形相の王妃がいた。
「……何をって、見ての通りですわ、お母様。」
上で慌てる男をよそにシュニーは顔色一つ変えずに母を見た。男の下から抜け出てドレスをはらうとその場を去った。
「お母様の魔法の鏡は、私を美しいとおっしゃいましたわ」
彼女の部屋、彼女の机、彼女の椅子。
頬杖をついて彼女は微笑んだ。
「もう少し後でも良かったけど……でもこれでお母様のはっきりとわかったわよね。……この世で最も美しいのは私だと」
それは美しく醜い天使の笑顔。
美しいシュニー、君はいつ僕に気づくだろうか……
今日も彼女はいつもの中庭。いつもの観察。しかし、母の部屋は誰もいなかった。
「まぁ、今日は鏡にすがらないのかしら?」
窓を見つめて唇の両端を上げる。そして、そのまま迷路の中庭を散歩した。
シュニーの背後に彼女をつける男の姿があった。それは間違いなく王妃の愛人だった。
男はシュニーに忍び寄ると彼女の身体に手をまわし、持っていたナイフを首に突きつけた。
「きゃっ」
彼女は高い声で鳴いてみせた。そして上目で男を見る。
「お母様に言われたのね?」
「俺には、俺にはこうするしか……」
「私、死ぬのは怖い……」
愛らしく、儚そうに男を見上げる。
その美しさに男の手が緩んだ。さらに彼女は、潤んだ瞳で男に言った。
「……お願い、私を逃がして……」
何て単純な芝居だろう。どこまでも黒く、どこまでも醜い、僕の美しい姫。
シュニーは甘い声で男に自分の髪と金貨のありかを渡した。
「これであなたも逃げて」
単純な男は髪を持って王妃の元へと向かった。
シュニーは殺した。と、
しかし、王妃がそんなもので納得するはずがなかった。もちろんそんなこと彼女はわかっていた。…もちろん僕も。
男の行方は知らない。きっと殺されたのだと思う。もう彼は、僕の物語には必要ないものだから。バイバイ、名もない従僕。
可愛いシュニー、君は一体何処へ行くの?
どこまでも、どこまでも、白雪姫は森を歩いた。やがて夜が来る。今は春だけどまだ肌寒い。このままここで寝たら彼女は凍死してしまうだろうか?
「あら?あれは……」
彼女は森の奥に一つの小さな家を見つけた。それは、小さいが中々立派に見えた。彼女は迷うことなく小屋へと近づきドアノブに手をかけた。
中には誰もいなかった。しかし、明らかに人の住んでいるのがわかった。しかも一人ではない。
「決めた、私ここに住むわ」
誰もいない人の家で彼女はそう言うと奥の部屋で見つけたベッドに横になった。
そしてそのまま瞳を閉じた。
美しいシュニーを僕はずっと見つめていた。
やがて陽気な歌声が聞こえてきた。何てこの物語に合わないのだろう。
家へと入って来たのは七人のドワーフだった。
ここはドワーフの家だったのだ。そして、一人がシュニーに気づいた。
「誰かが寝ている―――」
ドワーフの声にシュニーは目を覚ました。
「ごめんなさい。ここはあなた達の家だったのね」
シュニーは彼らにしおらしそうに謝った。
「実は私、森の向こうにある城の王女なのですが、意地悪な継母に殺されそうになり、この森に迷い込んでしまったのです…」
そして、自分の身の上話をし始めた。
"継母"と言ったのは同情を誘うためだろう……
「それは可哀想に……」
ドワーフはとても心優しかった。むしろ、単純だった。
可哀想なシュニー。君を陥れる人はいないの?
こうして白雪姫はドワーフの家で暮らすことになりました。
「お腹がすいたわ、夕食はまだなの?」
しかし、生まれながらのお姫様は家事をするはずがありませんでした。
それから数日経った日、シュニーは一人で木陰で寝ていました。
そこに一人の男が現れた。
「白雪姫様お覚悟を!」
男は、大きな斧を振り下ろした。が、あまりの美しさに手元が狂ったのか、斧はシュニーの横の幹に刺さった。
「あなたは城の庭師」
彼はその場にひれ伏した。
「申し訳ございません」
「お母様に言われたの?」
「はい。実は―――」
白雪姫は幹に刺さった斧を抜くと、ひれ伏す男に振り下ろした。
「理由はいいわよ。そんなものに興味はないもの」
彼女は男とそこで別れ、ドワーフ達の小屋に戻りました。
「お帰り白雪姫」
「私今度からここで昼寝はするわ」
「どうしたの?」
「せっかくの私の場所が汚れてしまったのよ」
「それは残念だね」
純粋なドワーフは頷いた。
真っ白なシュニー。血で身が汚れようと君の黒は何も変わりはしないね。
また数日経った日、今度は猟師が彼女に向けて銃をかまえた。また、さらに数日経った日は別の男が彼女を襲った。そうする度に森が赤く染まっていく。
シュニーは美しくて愛らしくて、そして誰よりも悪運が強いんだね。
神でさえ彼女を失いたくないのかな?
ある日、ドワーフの家に一人の妖しい老婆が現れた。
紛れもなく王妃だった。
「可愛いお嬢さん、真っ赤なりんごはいかがですか?」
老婆はシュニーに赤いりんごを差し出した。
「まぁ、本当に真っ赤なりんご…。従僕の男の血ででも染めたのですか?お母様」
シュニーの言葉に老婆はびくりとした。
「"お母様"とはどういうことです?わたしはただのりんご売り」
動揺はうまく隠せてはいなかった。
「そうよね、お母様がこんな所まで来るはず無いわ…そのりんご頂きます」
シュニーはりんごを受け取ると口へと運んだ。
その時僕は見た。下を向いた彼女の口が笑っていたのを……
りんごをかじる音とともに白雪姫はその場に倒れました。
「あはははは…ついにやったわ!シュニーをこの手で!」
老婆はうつ伏せで倒れるシュニーを見て高笑いするとそのまま城へと帰って行った。
綺麗な綺麗なシュニー。ついに神も見放したの?
老婆がいなくなるとドワーフ達はシュニーを囲んだ。
「あぁ、白雪姫……」
ドワーフ達は次々に涙を流した。
「どうか、白雪姫を誰よりも愛する者が彼女を救いますように…」
ドワーフ達の涙がポタリと落ちた。
僕の身体は急に重くなった。
床に足がついた。
「誰?王子?」
ドワーフ達が僕に気づいた。
「…僕が見えるの?」
「王子、王子が現れた!」
一人が言うと次々にドワーフ達が言い出した。
「王子が現れた」
僕が王子?…あ
―――白雪姫を誰よりも愛する者が彼女を救いますように……
ドワーフの祈りを神が……?
僕はその足で歩くと、世界で最も美しい姫に初めて触れた……
シュニーの瞳がそっと開いた。
やっと会えたね。最も醜い僕の姫君。
「王子が白雪姫を目覚めさせた」
違う、今のはただのパフォーマンス。だって…
「ありがとう、王子…」
シュニーが僕を見上げる。
君が生まれてから僕はずっと君を見てきた。ついに君は僕を見てくれたねシュニー…
でもね。
「残念だけどシュニー、僕は王子では無いんだよ」
僕の言葉にシュニーの顔が歪んだ。
「ごめんねシュニー…」
僕は彼女の胸に腕を刺した。黒みを含んだ紅が手を伝う。
「王子が白雪姫を!」
ドワーフが騒ぐ。
「ど…して?」
醜く歪むシュニーを僕は見下ろし微笑んだ。
「だって君は死んだんだもの。生き返ってはいけないよ」
僕は君に見つけて欲しかった。
それが君と過ごした十五年の最大の願い。
でももう君は僕に気づいてしまったから、僕は君の瞳に映ってしまったから…
ずっと見つめ続けるはずだったけど、君とはここでお別れするよ。シュニー……
醜く美しいまま僕が君の時間をとめてあげる。
誰よりも愛しているから…
「王子、何て事を!」
「だから、僕は王子じゃないって言ったでしょ?」
肉体が消える。もとの精神体へ戻る。
「精霊……」
そう、僕は精霊。
神はきっと君を殺したかったんだね、シュニー。
だから僕に肉体を貸してくれた。
ありがとうシュニー、君との十五年間は中々楽しかったよ。
美しく醜い可哀想な僕の姫君。
それからシュニー、君が噛んだだけのりんごは君の中にちゃんと入れておいてあげる。
そしたらきっと君は永遠に目覚めることのない眠り姫になる。
……さようならシュニー。
僕に気づいてくれてありがとう。
僕は新しい姫を捜そう。
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友達ととある本の影響で書きたくなりました。
真っ黒な白雪姫のお話です。間違って読んでしまった方ごめんなさい。
主人公は精神体だけの精霊さんです。名前はありません。募集中(笑)
飛月的に彼は大好きです。いかがでしょう??
(2004.9.24up)
少々手直ししました。でも、内容に変わりはありません。
白雪姫の名前をドイツ語に直しました。(060610)