一輪の花
変わらない毎日に悪態をつき、変わってしまった毎日を嘆いていた。
月明かりだけが今この部屋を照らす唯一の光源だ。
彼女は薄暗い部屋の壁に背を向けてベッドに横たわっていた。
視線の先には一輪の花があった。
その花は先日彼女の恋人がくれた物だった。
彼女より一つ年上の彼は先日彼女の元を去った。別れたわけではない、彼は自分の地元の都市に就職が決まったのだ。
彼女とはほぼ同棲していた。いつも一緒にいた。
しかし、彼は今この部屋にはいない。
部屋に唯一の大きな窓から春だというのに冷気が流れ込んできた。
さほど大きくない一室が必要以上に広く感じられるのを彼女は感じずにはいられなかった。
何度別れようかと思った事か、と彼女は想いを巡らせた。
彼は束縛とまでは言わなくても面倒な人だった。逐一彼とメールをするのが嫌になった事もあった、些細な事ですぐ怒る彼にうんざりした事もあった。
しかし、今はこんなにも切ない。
こんな別れを待たずに早く別れを告げてしまえばよかったと彼女は思った。
それでもどんなに面倒でも、時々いなくなればいいのにと思っても、彼女は彼に別れを告げる事はしなかった。出来なかったのだ。
腹立たしく思っても結局は彼の事が好きなのだと思わざるを得なかった。
―――私だったら嫌になっちゃうよ
そう友達に言われる事もあった。事実彼女も嫌になったのだ。でも嫌いにはなれなかった。
「最近つき合いいいね」
大学からの友人は彼女とカフェでお茶をしながら首をかしげた。
「そう?……時間が空いちゃって」
「そっか、もう彼地元戻ったんだっけ?」
「そうなんだよ。今まで一緒にいたから変な感じしちゃって」
そう笑う彼女に友人は少し不安になった。
遠距離恋愛はこの世にごまんとある事は分かり切っている、身近な人間でもいる。しかし二人がこれから先長い間一緒にいない事はあまり容易には想像できなかった。
「いっつも一緒だったもんね」
二人をよく知る友人は少々苦笑いを浮かべた。
彼より一年早く仕事を始めていた彼女は多少忙しかった。一年前より慣れた職場で彼女は彼のいなくなった空虚感を埋めようとしていた。
わずかな隙間は友人に連絡する事で埋めた。
それでも数ヶ月経つ頃にはそれすら虚しく感じた。
一緒にいた頃より多少メールの数は減った。彼も仕事が忙しいのだろう。
それは一緒に過ごしていた頃にして欲しかったと彼女は苦笑した。
今それをされては彼が一層遠くなる。
どうしようもない焦りに彼女は彼への返信を止めた。
彼は彼女の返信が無くなると電話をかけてくる、その時も同じだった。数時間してかかってきた電話にも彼女は出なかった。
それを数日続けてたある夜かかってきた電話についに彼女は出た。
「何で今まで出なかったんだよ」
受話器の向こうで安心したような怒っているような彼のため息が聞こえた。
数日ぶりの彼の声に彼女は涙をひっそりと流した。
「……」
「え?」
彼女の小さな声に彼は聞き返した。
「……もう、別れる」
絞り出すような声が彼の耳に聞こえた。しかしその声は彼には信じられない事だった。
一緒にいた時はしつこいくらいメールが来たのが嫌だった、その後返さないと電話をよこすのが嫌だった。それなのに離れたらその数が減った事が辛い。彼女は全てを彼にぶつけた。
その返答は短く小さな一言だった。ただ、ごめん、と。
彼女はそのまま電話を切った。
静かにベッドに倒れ込んだ彼女はそのまま眠りに就いた。いや、眠りに就こうと努力した。流れる涙は止まらなかった。
「明日は仕事なのに…」
ようやく眠りに就いたのはそれから二時間ほどしてからだった。
朝、目覚まし時計のアラームが鳴り彼女は目を覚ました。
鏡を見ると目が腫れていた。急いでお風呂に入り、濡れたタオルを目に当て出勤の支度をした。
その日は晴れていた。
後悔する時は来るかも知れないと思った。現に今彼女は少し後ろめたかった。それでも前に一歩進もうと決意した。
太陽に背を押され彼女は職場に向かった。
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背景を元に書いた小説です。
何も考えずに書き始めたらこんな結果。
暗い感じになってしまいました。
そんなに経験もない人間が何書いてんだって感じですが、想像は誰でも出来る事なので。
って言っておく。笑
(2006.4.15up)